今回は、「血栓」(身体の中に生じる血のかたまり)にまつわるさまざまな話題をお伝えしようと思います。キーワードは「新型コロナ」「心臓の孔」「頭痛」「テレワーク」「エコノミークラス症候群」です。キーワード同士には少しずつ関連や関係があります。

新型コロナウイルスに感染すると、無症状の方でも若い人でも、動脈や静脈に血栓ができます。新型コロナウイルス感染症流行当初、ICU 入室例の約2割に肺塞栓がみられたという報告や、新型コロナウイルス感染症で亡くなった方の半数以上に下肢深部静脈血栓が認められたという報告があり驚きました。普通の風邪で、こうしたことは起きません。 これが新型コロナウイルス感染症の特徴であり、新型コロナウイルス感染症と血栓に関する論文が多数発表されています。

 ここで少しだけ難しい話をします。いわゆる脳卒中の原因には1. 脳出血と2 . 脳梗塞があります。脳梗塞(脳の動脈血流が途絶するために生じる)の 原因はさらに2つにわかれます。脳血栓症と脳塞栓症です。

前者は動脈硬化などにより脳の動脈に血栓が生じる事で発症し、後者は脳の血管とは別な 場所(ほとんどは心臓内)に出来た血栓が血流に乗って脳内の動脈に詰まって発症します。 新型コロナのために脳内の動脈に血栓が生じれば脳血栓症です。厄介なことに別な場所にできた血栓が脳内動脈に移動して脳塞栓症を生じることもあります。 脳塞栓症が発病する原因として

❶ 心臓内に血栓ができること
❷ 足などの静脈にできた血栓が、なぜか動脈系に流れて脳塞栓を生じること

が上げられています。後者を「奇異性脳塞栓症」といいます。

奇異性脳塞栓症とは静脈に生じた血栓が、心房中隔にある孔を介して動脈系に流れるという「奇異な」メカニズムで生じる脳梗塞です。正常なら、本来動脈と静脈は交通することはありません。胎児のときは誰でも右房(静脈系)と左房(動脈系)の間に卵円孔という孔が開いていて、この孔を介して動脈と静脈は混合しています。出生と同時にこの孔は閉じ、動脈と 静脈は混合しなくなります。成人になっても2~3 割の方は小さな卵円孔が開存していますが、通常血流がこの孔を通ることはありません。

しかし、激しく咳をしたり、息んだりすると右房圧が左房圧より高くなり、右房から左房に卵円孔を通して血液が流れることがあります。新型コロナウイルス感染症で激しい咳をしたときに右房圧が上昇し、その結果静脈に生じた血栓が「奇異」なことに脳梗塞を引き起こすと予想されています。

話は逸れます。新型コロナとは関係ありませんが、2019年12月から奇異性脳塞栓症を合併した卵円孔開存症に対し、脳梗塞再発を予防する目的でカテーテルを用いて開存した卵円孔を閉鎖する治療が可能になりました。

また話は逸れます。「卵円孔を閉じることで激しい頭痛が治る」という報告があり驚いたことがあります。つまり、この卵円孔が頭痛の原因になるということを示しているのです。日本では2019年9月より、岡山大学病院で、卵円孔が開存している薬剤抵抗性の片頭痛患者さんに「カテーテルを用いた卵円孔閉鎖術」を行うという治験が行われました(現在は終了)。結果報告を大変興味深く待っているところです。

現在、コロナ禍で在宅勤務の方も多いかと思います。在宅勤務であまり身体を動かさないでいると下肢静脈に血栓が生じて、エコノミークラス症候群 や奇異性脳塞栓症を発症する可能性があります。在宅勤務でも、1時間に1回は足を曲げ伸ばしする、水分を多めに摂るなど、血栓を作らない工夫をするとよいでしょう。また、1日1回は外に出て歩く習慣をつけましょう。

注1:現在、新型コロナウイルス感染症を発症された患者さんには血栓予防のために薬剤投与がなされるようになり、血栓 症発症率は減っています。
注2:コロナパンデミックで不思議なことがあります。コロナとは関係ない、普通の脳梗塞、心筋梗塞、大動脈瘤、大動脈解離 などの血管疾患が激減しているという報告もあります。なぜでしょう。興味深いですね。

新型コロナウイルス感染症が収束しません。それどころか、感染力の強いイギリス、南アフリカ、ブラジル変異株が 日本でもみつかり、予断を許さないような状況です。(2021年3月末日現在)

【参考文献】
1. Gunasekaran K et al.:QJM vol.113, no.8, pp.573-574, 2020 2. Oxley TJ et al.:N Engl J Med vol. 382, e60, 2020 3. Wichmann D et al.:Ann Intern Med vol.173, no.4, pp.268-277, 2020 4. Spence JD et al.:Cerebrovasc Dis vol.49, no.4, pp.451-458, 2020 5. Windecker S et al.:J Am Coll Cardiol vol.64, no.4, pp.403-415, 2014 6. Kerut EK et al.:J Am Coll Cardiol vol.38, no.3, pp.613-623, 2001 7. Sathasivam S et al.:J Cardiol vol.61, no.4, pp.256-259, 2013



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